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セーフティネットとしての在宅医療

こんにちは。

一年で最も寒い時期になりました。何とか乗り切りたいものです。

今日はセーフティネットについて考えてみます。もちろんサーカスの話ではなく社会の話です。

 

まずセーフティネットとはそもそも何なのか、ということから始めてみます。こういう時はAIさんに質問してみるのが便利です。いい時代です。

セーフティネットとは、病気・失業・高齢・障害・災害・貧困など、個人の努力だけでは避けられない生活上のリスクに直面したときに、最低限の生活や尊厳を社会全体で支える仕組みのことだそうです。

だいたいイメージ通りです。そして、当然のこととして医療はセーフティネットと考えられるわけです。医療と一言で言っても非常に多彩で多機能ですので、セーフティネットとしての側面を持っていると言った方がよいかもしれません。

また、医療は保険制度によって支えられており、医療の恩恵を受けるために事前に保険金を納付している(原資の事前拠出)わけで、純粋なセーフティネットとは若干違いがあったりはします。

 

さらに医療について深堀りしてみます。

何らかのリスクに直面した時に機能するのがセーフティネットですから、救急医療などはセーフティネットとしての役割が非常に大きいですね。一方で、予防医療やいわゆる生活習慣病診療などはセーフティネットとしての役割は小さいということになります。

では、在宅医療はどうでしょうか。状況によってさまざまである、としか言いようがない気がします。

 

一般的なコンセンサスとして、セーフティネットはとにもかくにもリスクをくぐりぬけることが第一目標ですから、当然快適性は二の次になります。最低限のサポートとか応急処置と言ってもよいでしょう。セーフティネットを利用する方が、それに頼らずに過ごすことより快適である、というのはちょっと違いますよね。

在宅医療が目指すのは、QOLの維持向上です。救命救急医療が生命を救済・維持することを一義に目指す、ということとは異なっています。QOLの維持向上はセーフティネットの趣旨とはだいぶ離れていると思います。在宅医療にはある種の贅沢品という面があるのは事実です。

 

それでも、在宅医療にもセーフティネットとしての役割があると思っています。あるいは、そうありたいと思っています。

世の中には社会から孤立してしまった方々がいます。基本的人権さえ維持できないような状況で過ごしている人もいます。様々な苦痛にさいなまれながら、人知れず命を終えていくこともあるのです。

そんな方々にとって、在宅医療はセーフティネットになりえるのではないか、と思うのです。

 

もちろん、強制することはできません。一般的なコンセンサス以上に快適性、QOLの維持向上などを求めてもいけないと思います(そこの割り切りはかなりハードですが)。語弊はありますが、QOL維持向上よりもセーフティネットの役割を優先した在宅医療、というものも現代社会に必要なのではないでしょうか。