こんにちは。
年が明け、通常業務が開始となり一週間が過ぎました。
なかなかにタフな状況があり、四苦八苦している今日この頃です。まあ不徳の致すところではあるんですが。そんな時にふと表題の言葉が思い浮かびました。今日はこの金言について考えてみます。
人生において、苦難に立ち向かうことはよくあります。苦境に立たされる・陥る、という表現もありますね。
なんとか乗り越えるためには頑張らねばなりません。時間はいやおうなしに過ぎていきます。そういうとき、心には大きなストレスがかかります。
心が折れない、つぶれないようにするためには努力が必要です。苦難を乗り越えるために頑張っているのに、さらに心が折れないように頑張るというのはおかしな話かもしれませんが、どのような状況下でも自己を保つためにはエネルギーが必要です。
『最善を望み、最悪に備える』とは、そういうつらい状況を乗り越えるための心のありようを示したものです。ハウツーと言ってもいいでしょう。
文脈などにより様々な言い回しがあり、多少のニュアンスの違いはありますが、だいたい言いたいことは同じです。英語では hope for the best and prepare for the worst と言うようです。日本のことわざには『備えあれば患いなし』というのがありますね。
医療業界では、特にがん治療や緩和ケアの領域ではよく使います。僕はとても好きな言葉です。自分に対してもよく利用しています。
ちょっと深掘りしてみます。
最善と最悪は対極に位置するものであり、それぞれに対し望んだり備えたりせよ、ということです。これはたぶん「心と行動を区別せよ」ということなのかなと思うのですが、難しいことです。やはり行動には心が必要です。心を込めないと質の高い行動はできません。
『最悪に備える』というのは、最悪のシナリオを想定しそのような状態に陥っても困らない(心が折れない)ために準備をしておく、という意味でしょう。最善を尽くすというのも同じ意味だと思います。これは正しい行動だと思いますが、最悪のシナリオを想定して行動するときは、どうしても心は悲観的になってしまいますね。
一方で、『最善を願う』というのは、最善のシナリオを想定してそのような状態になることを願う、という意味であり、心は楽観的になってしまいます。
『楽観』と『悲観』は対極に位置しており、どちらも(あまり)望ましいことではないととらえることが多いでしょう。対極に位置するものの双方が望ましくないのなら、望ましいのはその中間になります。すなわち『無』です。プラマイゼロです。『無心』と言った方がよいでしょうか。
ここで注意が必要なことがあります。『無心』が望ましいのだから、苦難を前にして何も対処しない(備えない)のがよいのでは、と考えたとしたら、これは大間違いです。『何も対処しない』というのは、最善のシナリオを想定して行動する、ということに他ならないからです。
ではどうすればよいでしょうか。
『無心』が望ましいのだから常に心を平穏に保つべきだ、と考えるかもしれませんが、無理です。そんなことができるのは特殊な境地に達した人だけです。心には波があります(よろしければ以前のブログ記事『波について』もご参照ください)。ポジティブとネガティブを常に行ったり来たりしているものです。いつもフラットなんてできません。
正しい方法として最悪のシナリオを想定して行動し、結果的に心が悲観的になってしまったのなら、望ましい状態である『無心』に持っていくためには、いったん最善のシナリオを想定して、心を『楽観』に振らなければなりません。これでようやくプラマイゼロです。
これが『最善を望み、最悪に備える』ということの本当の意味だと思うのです。
悲しいことに人生には苦難がつきものです。苦難に立ち向かうためには、やはり最悪のシナリオを想定して備えるべきです。そのときに、悲観的な心境に陥るのは当然のことと捉えましょう。悲観的になってしまったときこそ最善のシナリオを想定(自分に対するご褒美を想定するのもよいと思います)して、いったん楽観的になることを自分に許すべきだと思うのです。
自分にも言い聞かせています。
