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「慣れ」について

こんにちは。

週末天気が悪いのはあまりうれしくないことですね。

 

今日は『慣れ』ということについて考えてみます。

「慣れる」という言葉は普通に日常的に使っていますね。その意味するところもだいたい共通しているでしょう。この言葉の面白いところは、ポジティブンな意味でもネガティブな意味でも使用することです。

「慣れるべきだ」とか「慣れた方がよい」とか言ったりします。一方で、「慣れるべきではない」とか「慣れない方がよい」と言うこともあります。そしてどちらも使い方としては正しい。

全く反対の言い方なのに、どちらも正しいというのはどういうことでしょうか。『慣れ』というのは良いことなのでしょうか、あるいは良くないことなのでしょうか。

 

この一見矛盾している表現をどちらも成立させるためには、『程度』という概念を持ち込む必要があります。「ある程度は慣れるべきだ」と同時に「ある程度以上は慣れるべきではない」ということが成立します。「ある程度は慣れた方がよい」と「ある程度以上には慣れない方がよい」は矛盾しません。

『慣れ』というものには「良いこと」から「良くないこと」に変わる臨界点があるのでしょう。

 

『慣れ』というのは時間とともに必ず深化していきます。これは自然の摂理と言ってもよいでしょう。意識しなくても、努力しなくても必ず進んでいくのです。

ということは、「ある程度以上は慣れるべきではない」「ある程度以上には慣れない方がよい」を成立させるためには、自然の摂理である『慣れ』の深化を意識して止めなければならないわけです。「良いこと」から「良くないこと」に変わる臨界点に達しないように努力する必要があるのです。

 

医療の世界で考えてみます。

医療現場では、患者さんの病状が悪化していくこと、そして命が終わっていくことが日常的に発生しています。残念ながらそれらを完全に食い止めることはできません。結果的に医療者は、患者さんの病状が悪化していくこと、そして命が終わっていくことを目の当たりにすることが多いわけです。とてもつらいことです。特に初めて経験するときのつらさは絶大です。

しかし、ここにも必ず『慣れ』が発生します。そして時間とともに深化します。

そこで、「ある程度以上は慣れるべきではない」を成立させるための努力が必要になります。では、どのように努力すればよいでしょうか。

それは、目の前の患者さんを唯一無二の存在ととらえる、ということに尽きます。医療行為に経験値は非常に重要ですが、経験値を発動させすぎないように努めるのです。言葉にするのは簡単ですが、これは結構難しいことです。そして、時間とともに『慣れ』は自然に深化していくわけですから、この努力に終わりはありません。

 

もうひとつの例を挙げると、医療者は患者さん・家族さんから感謝されることが多い、というものがあります。感謝されるのは嬉しいことです。感謝の気持ちは素直に受け取るべきだと思います。

しかし、ここにも当然『慣れ』問題があるわけです。「ある程度以上は慣れるべきではない」を成立させるよう努める必要があります。では、どのように努力すればよいでしょうか。

これは人それぞれです。僕のやり方は、「すべての患者さん・家族さんから感謝されることはあり得ない」と自分に言い聞かせることです。「感謝される」と「嫌われる」は表裏一体だと考えるわけです。「感謝されることがある」ということは「嫌われることもある」というわけです。

共感しづらい話ですみません。天邪鬼的に過ぎるかもしれません。結果的に『慣れ』の深化にストップがかけられれば良いのだと思います。

戒めとも言えるでしょうか。結構大事なことだと思っています。