こんにちは。
梅雨の上に台風到来でつらいですね。外回り業務の皆さん、くれぐれも気を付けて行動してください。
今日は日ごろ悩んでいることをお話しします。
僕の仕事は在宅療養を医療的に支えることです。ですから、医療よりも在宅療養支援が上位にあるわけです。在宅療養支援の枠組みの中で医療を行うのです。時代の進化とともに在宅療養支援の枠組みは拡大しています。結果的にその枠組みの中で行われる医療も拡大しています。良いことだと思います。
問題は、医療が在宅療養支援の枠組みを超えたとき(超えそうになったとき)にどうするかということです。
枠組みを超えるのは以下の二つのパターンがあります。ひとつは在宅では不可能な医療行為が必要になる時であり、もうひとつは在宅療養支援の考え方と医療(あるいは医学)の考え方が異なるときです。
仮に医学的に正しい医療行為というものが決まっていたとして(注:そういうことは実はめったにないのですが)、それが在宅療養支援の中で実行可能なのか、在宅療養支援の考え方と齟齬はないのか、を判断しなければなりません。そしてその判断基準は相対的です。AさんとBさんに行うべき医療行為が全く同じだったとしても、Aさんは在宅療養の範囲内で可能、Bさんは不可能ということもあります。また、C医師だったら可能だがD医師だったら不可能、ということだってあります。
在宅療養の中でできた方が優れていてできなかったら劣っている、というものではないことにも注意が必要です。大事なのは適切な判断です。
在宅療養支援の考え方と医学的な考え方が異なることは時々あります。そういう時は非常に悩みます。医学的に正しい方向に向かうために在宅療養が継続できなくなったとしたら、それは正しい判断なのでしょうか。たとえば老々介護生活で介護力が非常に低いために医学的に正しい行為が在宅では実行できないとしたら、在宅療養生活継続をあきらめて病院に行くのが正しいのでしょうか。医学的には正しいとは言えないが在宅療養生活を継続できる方法があったとしたら、そちらを選ぶのは間違っているでしょうか。
在宅療養生活においては、『いのち』はその人だけのものではないと思うのです。『生きる』とうのは単にその人が存命しているという意味ではなく、『在宅で生きる』という意味と捉えた方がよいこともあると思います。『いのち』は永らえたとしても在宅療養生活は終わるとしたら、その方向性は絶対的に正しいと言えるのでしょうか。
そんなことを日々悩んでいます。これ、前回の「急性期在宅医療と在宅急性期医療の違い」ということにも通じると思っています。『医学』を妄信するのも、『在宅医療』を妄信するのもよくないと思うのです。価値観は常に相対的です。そのときの、その人の、生活者としての価値観を最優先したいと思っています。
